2008年2月2日(土)「しんぶん赤旗」
経済時評
投機マネーと6兆ドルの不換ドル
サブプライムローン危機、石油価格の暴騰、世界同時株安など、世界経済が激しく揺れ動くなかで、最近のテレビ番組のコメンテーターとして、元大蔵省(現財務省)官僚の榊原英資早稲田大学教授がよく登場しています。
榊原教授は、サブプライム危機は、金融の証券化などによって「無節操にマネーが肥大化しすぎてきた信用膨張にたいする反動」であり、「信用収縮」による「混乱の解消には相当の時間がかかる」(注1)と解説しています。大蔵省財務官時代に“ミスター円”などと称されただけあって、その歯切れのよいマネー経済の解説には、国際金融の実態を知りつくした者としての“説得力”があります。
しかし、榊原教授は、日本はこれからどうすべきかと問われると、「福田首相は施政方針演説で『改革』と一度も言わなかった」などと批判し、「構造改革」の再加速を強調しています。一方では「無節操なマネーの肥大化」による「信用膨張」を批判しながら、他方では新自由主義的な「改革」の継続を主張する―ここには、なにか根本的に矛盾するものを感じます。
投機マネーの舞台を拡大した「金融自由化」
榊原教授の最近著『日本は沈没する』(朝日新聞社)を読むと、一九九六年ごろ国際金融局の局長だった同氏が金融ビッグバンをどのように推進したか、「改革」の「成功例」として語っています。金融ビッグバンとは、為替市場の全面自由化や証券市場の自由化など、金融の規制緩和をいっきょに、全面的に実行した政策です。それは、アメリカが金融のグローバリズムを広げるために、世界各国に要求してきた課題でした。
この点について、井村喜代子慶応大学名誉教授は、次のように述べています。
「アメリカが金融自由化によって対外投資活動の舞台をいっきょに拡張し、年々膨大な対外赤字によって余剰資金を供給し続けたことこそが、膨大なマネーが世界中を駆け巡りドル・為替の不安定性が恒常化するという新しい事態を生んだ根源である。…大規模な国際的投機的活動の恒常化という新しい事態はアメリカによって生み出されたものといっても過言ではない」(注2)。
アメリカ主導の「金融自由化」と金融グローバリズムを推進してきた榊原教授の「マネー理論」では、国際的な「信用膨張」がどうして生まれたのか、その根源と責任を解明することはできません。
米国が垂れ流した6兆ドルもの不換ドル
いま世界で投機的な活動を展開しているヘッジファンド(投機的基金)の数は一万にもなり、その資金量は、一・六兆ドルにのぼるといわれます。ヘッジファンドは、世界の金融機関、大企業、富裕層から資金を預かり、投機的な取引を活発におこなっています。
しかし、こうした投機マネーの背景には、アメリカが経常収支赤字として海外に垂れ流し続けてきた膨大な不換ドル(金と交換されない不換通貨のドル)が累積してきたという実態があります。
別表は、ニクソン大統領がドルと金との交換停止を強行した一九七一年から二〇〇六年までのアメリカの経常収支赤字の推移をみたものです。この間の赤字の累積額は、実に六兆ドル、ヘッジファンドの四倍近い額です(これは、一ドル=一〇〇円で概算しても六百兆円という規模になる)。しかも、赤字額は年々増大しており、二〇〇〇年以降の七年間だけで約四兆ドルにものぼります。
こうして海外へ流出した不換ドルの大部分は、米大銀行の預金、米財務省証券、米大企業の株式などのドル資産としてアメリカへ還流し、それをもとにアメリカは海外への投資を拡大するというマネーの循環ができています。そして、米経常収支赤字を起点とした不換ドルの循環とともに、国際的投機活動が拡大してきたのです。
不換ドルを単一の基軸通貨とする体制から、《新しい通貨・金融秩序》へ
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榊原教授は、これからはアメリカ中心からアジア重視への転換が必要だと強調しています。しかし、こと通貨問題になると、今後、「ドル安は避けられない」が、ドル暴落で「大変な痛手を被るのは」「巨額なドル建て資産を持つ日本や中国」などの海外諸国だ、だから「基軸通貨=ドルはしばらくは崩れない」(注3)と述べています。
たしかに、現在、巨額なドル資産を保有している国がドル離れを進めることには一定の困難がともなうでしょう。しかし、だからといって、今後も、自主的な通貨・金融政策を放棄し続けるならば、ますます矛盾が累積して、解決を先延ばししていくばかりです。
日本が自主的な通貨・金融政策へ転換するためには、戦後一貫して対米従属の通貨政策をとり続けて、「巨額なドル建て資産」をため込んできたのはなぜなのか、その政治的根源も含めて反省することが必要でしょう。
二十一世紀に入って、世界の通貨・金融情勢は、急速に変わりつつあります。ユーロは、誕生してまだ十年にもならないのに、すでに世界の準備通貨の25%をしめるまでに成長しています。今回のサブプライムローン破たんにはじまる国際金融危機は、無謀な投機活動を国際的に規制する《新しい通貨・金融秩序》に向けて、歴史の歯車を大きく動かすことになるでしょう。
二十一世紀にふさわしい、真にルールある《新しい通貨・金融秩序》をめざすためには、いまこそ日本も自主的な通貨・金融政策にふみきるべきときです。(友寄英隆)
(注1、3)榊原英資『日本は沈没する』二九ページ、二二五ページ
(注2)井村喜代子「『現代資本主義の変質』とその後の『新局面』」(『経済』二〇〇七年一月号)