2007年11月9日(金)「しんぶん赤旗」
経済時評
地球環境とCO2排出権市場
最近、地球温暖化ガスの「排出権取引」という言葉を目にすることが多くなりました。
地球環境を破壊するCO2などの排出権を資本主義市場で取引することは、なんとなく、うさんくさい感じがします。投機的資本のマネーゲームが横行する市場に、CO2の排出権をゆだねてよいのか。「金持ち国」が排出権を購入すれば、温暖化防止に逆行するのではないのか。こうした懸念があるからです。
CO2排出削減の企業への義務付けが前提
しかし、排出権取引の仕組みを研究してみると、通常の市場とは異なった特徴をもっていることがわかります。
排出権取引市場が動き出すためには、国家が、CO2排出の削減目標を決めて、それを個々の企業に割り当てること、CO2排出の上限(排出枠)を企業に課すことが前提になります。
排出権の“流通”だけをみると、利潤目当ての市場原理にCO2をゆだねる感じがしますが、排出権という「特殊な商品」が生み出される“仕組み”に着目すると、それはCO2排出の削減目標を企業に配分し、企業に義務付けることにほかなりません。排出枠は、企業にとって、一面では「権利」を意味するが、他面では「義務」でもあるわけです。(図参照)
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そこで各企業は、排出枠の「権利」と「義務」をめぐって市場で競争し、もっとも省エネ技術に勝る効率的な企業が全体のCO2削減のコストを引き下げ、国家的な削減目標を効率的に達成できるといわれます。
排出権取引には、CO2を排出する企業だけでなく、仲介業者として証券業や個人の参入まで予定されています。たとえば、ある環境ベンチャー企業は、来年一月からネット上でCO2排出権を一キログラム三円で個人向けに販売する予定です。(「日経産業」十月二十五日付)
日本の財界は「自主性を阻害」と反対
温暖化ガス削減の方法として排出権取引を提起したのは、一九九七年の京都議定書でした。
いま世界で、排出権取引市場の発展に、いちばん熱心に取り組んでいるのは、EU(欧州連合)です。EUは、二〇二〇年までにCO2排出を九〇年比で20%削減する目標をかかげ、〇五年一月に欧州排出権取引制度(EU・ETS)を発足させ、〇六年の世界の排出権取引推定額三百億ドル(約三兆五千億円)の八割は、EU・ETSだといわれます。
米国のブッシュ政権は、「排出権取引は企業活動の規制強化になる」と、いまのところ消極的です。
日本の経済産業省と財界も、排出権取引制度の国内創設には反対しています。日本経団連は、最近の提言のなかで、「日本では導入すべきではない」と、次のように述べています。
「排出枠を行政が決定することは官僚統制を招き、企業の自主性を阻害する。また、産業構造等、将来の経済状況が正確に予見できない中、衡平な排出枠の割当を行なう仕組を構築するのは困難である」(日本経団連「ポスト京都議定書における地球温暖化防止のための国際枠組に関する提言」〇七年十月十六日)。
日本共産党は、こうした財界と政府の態度を厳しく批判しています。
「政府は日本経団連の『自主』行動計画まかせにせず、経済界と政府の間で削減協定(自主協定)を締結し、達成責任を公的に裏うちすることが大切です。排出権取引を実施し、そのさい各企業の排出状況と実効性のある削減目標を明らかにさせることが重要です」(〇七年参院選「個別・分野別政策」) |
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のパチャウリ議長も、来日した際の記者会見で「日本も排出権取引を導入すべきだ」とのべています。(「日経」十月十九日付)
「地球環境を守る経済学」の真価を
排出権取引市場の動向は、現代の経済学にとって、たいへん興味深い理論的課題を提起しています。
排出権取引制度は、国家的規制のルールと市場の競争原理を組み合わせる点に特徴があります。国家による「計画の機能」と資本による「市場の機能」とを結びつける実践的事例の一つといってよいかもしれません。
排出権取引の政策は、近代経済学の「費用便益分析」(注)という手法を環境政策に適用したものです。この分析手法の理論的な矛盾と限界を批判し、「排出権市場に期待するのは幻想だ」という指摘もあります。
たしかに、排出権が市場でいくら取引されても、それ自体はCO2の削減を意味するわけではありません。大事なことは、個々の企業が公的に確認されたCO2削減の目標と排出状況を公表し、責任をはたすことです。
そのためにも、世界的に動き出した排出権市場が有効に機能するよう途上国を含めて国際的枠組みを強化し、決して「金持ち国」や「金持ち企業」が削減義務を逃れる抜け穴にならないようにしなければなりません。また投機的資本の市場にならないようしっかり監視して、理論的政策的にも制度のあり方を研究・発展させていくことが必要でしょう。
マルクスの『資本論』は、資本の活動が自然と人間の間の正常な物質循環をかく乱し、自然を破壊すると指摘しています。
マルクス経済学は、資本主義のもとでは、労働者が搾取され貧困が累積していくことと、際限なく自然が奪いつくされ破壊されていくこととを統一的にとらえて、その両方のゆがみを根本的に正していく社会をめざしています。
二十一世紀は、「地球環境を守る経済学」としてのマルクス経済学の真価が問われている世紀といえるでしょう。(友寄英隆)
(注)「費用便益分析」とは、ある事業にかかる費用と便益(効果)を比較して効率性を分析すること。