2007年11月5日(月)「しんぶん赤旗」
列島だより
乱開発 歴史遺産の“守り人”
世界に誇る日本各地の歴史的遺産にまで乱開発の波が押し寄せ、かけがえのない史跡と環境を守ろうとする人びとの努力が広がっています。奈良県・平城宮跡と広島県・鞆の浦の現状を紹介します。
江戸期の港湾建造物 世界で唯一現存
埋め立て架橋で景観破壊
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広島 鞆の浦
瀬戸内海に奇跡的に残った中・近世以来の港町鞆(とも=広島県福山市=)には、江戸期の港湾建造物・五セットが、世界で唯一現存し、対をなす町並みとともに、歴史・文化遺産、自然景観を形成しています。
政治の「圧力」
この希有(けう)な空間を保全し、そこに暮らす住民の平穏な生活環境を守るのか、反対に、「利便と防災・救命救急」などを口実に、港を約二ヘクタール埋め立てて、橋を含むバイパス道路や駐車場、港湾施設などを建設し、鞆の遺産と将来を破壊するのか―。このことがきわめて緊迫した段階を迎えています。
前市長は「公有水面埋立法」による水面権利者の同意説得を断念して、二〇〇三年六月、事業を凍結し、県も了承しました。水面権利者がいる場合、その同意は免許処分に不可欠との認識だったのです。その直後も、県の担当部、局長が相次ぎ、「全員同意を得ない免許出願は無理」と重ねて表明しました。
この間、「鞆を愛する会」など住民団体は、専門家や大学関係者、各界の援助も得て、町づくり提言書を作成し、山側トンネル案など解決の方策を具体的に示して世論を喚起。町の活性化へ古民家の再生、種々のイベントの開催、行政との交渉など、粘り強い運動を進めました。
巻き返し手口
ところが〇四年、前市長が死去すると、現在の羽田皓市長(前助役)が市政継承を掲げていながら、埋め立て架橋計画を表明し、巻き返しに出たのです。
以後三年、市は前市長判断を変える説明もせず、事業が「喫緊の課題」だと称し、鞆町内会や老人クラブ、鉄鋼業界も巻き込み、住民を脅し対立させながら、“住民の90%以上が熱望”と捏造(ねつぞう)して、完成まで十年要する計画の免許出願を準備。県も同一歩調をとっています。
一方、事業により著しい直接被害を受ける、大多数が反対の港周辺五町の住民には、説明の要求を拒否し、一度の意見集約もないままです。これは住民の生存・生活権、財産権を認めない態度であり、これまでの国の見解や指導、法の運用に反し、国民を欺くものです。
行政が事業推進の根拠としているのが、〇五年二月の国交省港湾局管理課長から広島県空港港湾局長あての回答です。市は「全員同意がなくても、事業の利益が不利益を上回れば、免許を出せる」と判断し、申請作業を強行しました。
幅広い運動で
国交省は日本共産党福山市議・広島県議団のヒアリングに、「回答の受け取り方は福山市の勝手な判断。国は従来から何も変わっていない」とくりかえし表明しています。
地元住民と諸団体は、全国の識者などと連携し、幅広い新たな運動に踏み出しました。今年の三月、四月、相次いで「鞆の世界遺産実現と活力あるまちづくりをめざす住民の会」、同会を全国的規模で「支援する会」を結成し、四月二十四日には、鞆町内関係者百六十三人の原告団が県を相手に「埋め立て免許差し止め」を求め広島地裁に提訴し、全国からの支援をよびかけています。
市・県は五月二十三日に、免許出願しました。ところが申請書類に、不同意者の反対理由や損益の比較衡量の検証などで瑕疵(かし)があり、粗雑さを露呈しました。
原告側はその後二回の公判を踏まえて九月二十六日、訴訟判決前に免許処分をしないように仮差し止めを申し立て。次の第三回公判は十一月二十二日、第四回は十二月二十七日に予定されています。
平和と友好の朝鮮通信使節が「日東第一形勝」(日本で一番美しい所)と絶賛した(一七一一年)鞆の港を、使節団来日四百年の節目に、なんとしても守りたい。世界遺産条約を批准した国として、真骨頂が問われています。(高橋善信・鞆の自然と環境を守る会事務局長)
遷都記念事業、高速道計画… 県主導で開発策
世界遺産守り 後世に継ぐ
奈良 平城宮跡
近鉄電車の検車区、国道バイパス計画など、これまでに幾度も破壊の危機にさらされてきた平城宮跡は、そのたびに奈良県内外の世論と運動がわき起こり、守られてきました。世界文化遺産にも登録されたのに今また、県や国が進める事業によって脅かされています。
県などが計画する平城遷都千三百年記念事業(二〇一〇年)で、荒井正吾知事は「まちの真ん中を原っぱにしておかない、という強い意思を世界遺産センター担当者に伝えた」(六月二十五日、県議会本会議)とのべました。宮跡に仮設パビリオンを建てる、事業費三百五十億円を見込んだ前知事の記念事業の構想が破たんしたことを受け、宮跡を国営公園化し、建造物の「復原」を進めることを早々と政府に要請しました。
こうした動きに、ユネスコと連携して海外の文化財保護への支援を行う関係者は「復原はやりすぎると遺跡の価値を損ない、まちがった情報を発信することになる。整備の方法はいろいろあり、知事サイドだけでやっていい問題ではない」と異議をとなえます。
「平城遺跡博物館基本構想」(文化庁)では、同宮跡は「発掘調査と関連研究の場」でもあり、未発掘の区域は「環境上必要な整備以外は極力手をつけない」としています。
“原っぱはだめ”という立場は、今も継続している宮跡の発掘調査を軽視することになるうえに、「同(基本)構想の基本線は確固として維持されるべきだ」とする知事自身の言明とも矛盾します。
日本共産党県議団は、宮跡の整備内容や手法は知事の一存で決定できるものではないと批判し、県民合意のないまま進めるなと追及しました。知事は、県民合意は県議会での事業推進の決議(共産党は反対)があるとしか回答できませんでした。
しかも、決議に賛成した議員でさえ、周産期医療体制の遅れによる産婦死亡など重大な問題が起こるなか、記念事業が「なぜ必要なのか、示さないと県民は納得できない」(公明党県議)と発言せざるをえない状態です。
文化財で「競争力」 関経連が戦略化
来年度予算概算要求で国交省は「国際競争力のある観光地の形成促進」の一つに、「平城宮跡の建物の復元的整備」を計上。知事は宮跡周辺への外資系ホテルの誘致にも意気込んでいます。
県は平城宮跡の直近を地下トンネルで通過し、「関西大環状道路」の一部となる京奈和自動車道・大和北道路計画(十二キロ・三千百億円)と一体に記念事業を進め、来春にも同道路の都市計画決定をしようとしています。関西経済連合会は「伝統文化を生かした関西の競争力強化」を戦略とした高速道路ネットワーク整備を打ち出しています。
これらの事業について、文化財保存全国協議会の杉田義事務局長は「関西財界が主導する文化遺産を利用した開発計画といえる。貴重な地下遺構と遺物を保護して、後世に継承することこそ県政の責務ではないか」と訴えます。(奈良・鎌野祥二)