「しんぶん赤旗」2007年6月24日、7月1日掲載

博士の就職難 科学技術の現場で

将来展望見えない


 大学院で専門知識を身につけて博士課程を出た後、研究職につけずに行き場を失ったり、「ポスドク」とよばれる短期契約の研究員を繰り返すなど、若手研究者の不安定雇用が深刻化しています。そんな状況で優秀な研究者が育成できるのか、日本の科学技術の将来が心配されています。(中村秀生)


 2006年3月の博士課程卒業者(博士号をとらずに満期退学した人を含む)は、1万5973人。90年の2・7倍に増えています。一方、新卒者の「就職率」は90年の65%から、06年の57%へと減少しました(グラフ)。「就職」にはポスドクなど短期雇用も含んでおり、正規雇用に限れば、就職率の減少幅はもっと大きいとみられますが、詳細は不明です。

6割ポスドク

 ポスドクや任期つき研究員は全国で約1万6000人。30代半ばでも正規雇用につけず、短期契約を繰り返す人も少なくありません。アルバイトをしながら研究を続ける人もいます。

 ローンも組めず、結婚・出産などの将来展望がみえない不安を抱える若手研究者たち。しかし、その実態さえ、政府は把握できていません。

 公的研究機関が集中する茨城県つくば市で5月、研究者たちがシンポジウムを開き、現状や打開策を話し合いました。

 筑波大学理学系分野では、ここ数年の博士号取得者の進路としてポスドクが約60%を占め、大学教員や公的研究機関の研究員になれた人はわずか4%という現状が報告されました。博士号取得後すぐに、正規雇用の研究職につける人はほとんどいないといいます。

 大学院重点化政策で博士課程卒業者が増加する一方で、国立大学の法人化にともない運営費交付金が削減され教員の補充が困難になり、助教(助手)などの若手教員ポストが減っています。多くの分野で後継者不足が危惧(きぐ)されています。

最長契約5年

 公的研究機関が任期つき研究員やポスドクなどへの依存を強めている実態も報告されました。産業技術総合研究所では、常勤研究職員約2500人のうち5分の1が任期つきです。このほか、500人規模のポスドクを含めて契約職員が2000人以上います。

 産総研の場合、任期つき研究員は3〜5年の任期後、審査をパスすれば正規職員になれます。しかし、ポスドクは最長契約期間が5年で、終了後の保証はありません。

 筑波研究学園都市研究機関労働組合協議会(学研労協)は昨年、各研究機関所属の現役研究者に、若手研究者問題についてアンケート調査を実施しました。その結果によると、最初のポスドク終了後の進路として、再びポスドクになった人が37%、任期つき研究員になった人が25%、正規職員になれたのは23%でした。ポスドクたちの多くが自らの進路に不安をもっています。しかし、進路状況については、文科省でもつかめていないといいます。

研究職を転々

 首都圏の大学で講師を務める41歳のAさんは今年3月、任期切れのため退職するよう宣告をうけました。昨年以来、約10件の研究職の募集に応募したものの、数十倍の競争率のなか、結果は「全滅」。大学側との交渉で講師の職は半年間延長されましたが、それまでに新たな職を探さなければなりません。

 Aさんは「植物の環境ストレスに対する適応機構」の研究をしています。20代後半で博士号を取得した後、公的研究機関や民間企業、米国の大学などを渡り歩き、2、3年ごとの短期契約を繰り返してきました。

 「植物の遺伝子の働きで新発見したときはうれしかった」。好きで選んだ道です。20本以上の論文を書き、研究実績に自信をもっています。「これほど将来に不安を覚えながら研究を続けることになるとは思わなかった」といいます。同僚の准教授は「彼のような有能な人材の受け皿がないのはよくない」と話します。

 年齢が上がるほど、民間企業などへの就職は難しくなります。同世代の研究者で、職につけないまま出身大学に戻って研究を続けている人もいます。

 「最近、博士課程に進学する人が減っている。雇用制度などを見直して、ある程度将来の生活に不安を抱かないようにしないと、将来的に日本の学術研究の人材不足が深刻になるのではないか」とAさんは訴えます。

ポスドク(博士研究員)

 「ポスト・ドクトラル・フェロー」の略称。博士課程卒業後、大学や公的研究機関で、短期の任期つきで研究奨励金や給与などを受けて研究する人。ポスドクは支援形態によって、プロジェクト雇用型、大学や公的研究機関雇用型、フェローシップ型(学術振興会特別研究員など)などがあり、給与や社会保険の条件はさまざまです。

 このほか、そういう支援を受けられずに、研究以外の仕事で生活を支えながら研究を続ける「支援なしポスドク」も数多くいます。


研究基盤の沈下招く

 文部科学省の調査によると、ポスドクや任期つき研究員は、全国に1万4854人います(04年度)。30代前半が46%、20代後半が28%、40歳以上が9%です。社会保険加入率は55%。支給額など内訳は不明です。

 代表的なポスドクである学術振興会特別研究員の例では、34歳未満で採用期間は3年、研究奨励金(給与に相当)は月額約36万円、研究費は年150万円以内です。

 これにたいして、月2〜3万円の手当てで任期1年という、大学による救済制度のようなポスドクもあります。

 元電子技術総合研究所主任研究官の岡田安正さんはいいます。「もっと深刻なのは、支援が受けられるポスドクに採用されず、研究に縁のないアルバイトや塾講師などで生活に四苦八苦しながら研究を続ける『支援なしポスドク』が、毎年たくさん生まれていることです」

人材育たない

 支援なしポスドクや、いわゆるオーバードクター(大学院博士課程を修了しても定職につけない研究者)は、毎年数千人規模で生まれ、累積しているとみられます。専門分野間の格差も指摘されています。しかし文科省でも把握しておらず、正確な実態がわからないのが現状です。

 こうした現状は、日本の科学技術の未来に暗い影を投げかけています。

 日本学術会議は「雇用計画の中で、対象者が将来展望を持てる制度にならなくては、研究職全体の地盤沈下を引き起こす恐れがある」として、任期つき任用制度の問題点を指摘しています。

 「苦労する先輩の姿をみて、大学院生の士気が下がっている」「優秀な人材を、長期的視野で育てることができない」―。茨城県つくば市で開かれたシンポジウムでは、こんな声が研究者から出ました。任期つき研究員がやめた後、研究設備が遊休化するなど、研究機関側にとって深刻な問題も浮上しています。

 あるポスドク経験者は「数年で異動するため短期の成果にとらわれてしまい、一貫した研究テーマを持ち続けるのは大変だ」と話します。成果を出すのに長期間かかる基礎研究が、おろそかになると心配されています。

打開へ努力も

 こうしたなか、日本物理学会がポスドクの実数や進路などの状況把握、政策提言に向けて議論するなど、現状を打開する努力も始まっています。

 シンポでは、「『こうすれば研究者になれる』と道筋を示すことが大切」という声がありました。大学教員などの採用数を増やすことに加え、民間企業の雇用促進の必要性も議論されました。大学院生や若手研究者ら当事者が成果に追われる厳しい状況のなか、ベテラン研究者は「当事者の運動を組織し、支援していくことが大事だ」と指摘しました。


公務員住宅入居へ道

共産党・紙議員が交渉

 「ポスドクも、公務員宿舎に入れるようになるんですか。それはよかった。私のときはダメでしたから」。産総研のポスドク経験者が、驚きの声をあげました。日本共産党の紙智子参院議員が、粘り強く政府と交渉して得られた成果です。

 紙議員は、つくばの公務員宿舎が空き室増加で廃止される一方で、公的研究機関の非常勤研究者が入居できないのはおかしいと国会で質問。入居募集などの対応を求めました。質問を契機に、産総研や国立環境研究所、農林関係の研究所などはポスドクなどに入居希望のアンケートを実施。入居へ道が開かれました。

 つくばのシンポで、この成果を報告した紙議員は「若手研究者の不安定雇用は、政府の政策で生み出された。短期雇用で目先の成果ばかり追う効率化優先の政策を転換しないと解決しない。火山噴火、地球温暖化、イネの品種改良など、社会にとって重要な問題を研究している研究者がどんな環境で働いているのかは重大問題。若手研究者が使い捨てにされず、落ちついて研究できる環境をつくるため、待遇改善や正規雇用の増員などを国会で要求していきたい」と話しました。


支援抜本強化を 日本共産党の政策

 日本共産党は、若手研究者への支援を抜本的に強めるために、次のような政策を掲げています。

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