2007年4月23日(月)「しんぶん赤旗」
首相が「最重要扱い」する 教育三法案
先取りの現場では
安倍晋三首相が「最重要課題」という教育関連三法案の国会審議が始まりました。三法案で学校はどうなるのか。子どもは徳目の鋳型(いがた)にはめ、管理統制で上ばかり見る「ひらめ」教師を生むのではないか。法案の中身を先取りした現場を見てみます。(北村隆志、小林拓也)
新たな役職づくり
激務に“もうやめたい”
学校教育法改定案は、現行の校長、教頭に加えて、「副校長」「主幹」「指導教諭」という新たな「職」を置くとしています。
東京都は六年前に「主幹」制度を導入しました。主幹以上が「経営層」として教育方針を決め、一般の教師はそれに従う「実践層」という構図です。主幹は、教務主任、生活指導主任、進路指導主任のいずれかを務めるうえに、教師として授業を行い、担任も持つことになっています。
「時間がいくらあっても足りない。土日にも仕事をやらざるを得ない。授業準備の時間や子どもと向き合う時間がなかなか取れない。だから主幹の希望者はほとんどいない。主幹制度は必要ないのではないか」と東京都江戸川区の主幹の教師(59)は嘆きます。
都は、小学校には二人、中学校には三人の「主幹」を置く計画でしたが、応募者が少なくて規定数を配置できないのが現状です。
東京都教職員組合の山崎忠彦副委員長は話します。「主幹制度を導入した東京都の狙いは『上意下達の学校体制づくり』にありました。ところが激務に追われ、体を壊したり、『もうやめたい』と考える主幹も増えており、制度として破たんしています。学校は、すべての先生が対等に子どもと教育について話し合ってこそ、子どもに目がゆきとどきます」
徳目・規律の強調
“靴のかかとそろえよ”
学校教育法改定案は、義務教育の目標として、新たに「我が国と郷土を愛する態度」や「規範意識」を養うことなど、多くの「徳目」を盛り込んでいます。これらは改悪教育基本法第二条(教育の目標)の具体化です。
個人の自由や良心にかかわる分野で、徳目や態度を法に書き、特定の内容を徹底することを学校に義務付けようというものです。
埼玉県では、二年前から県教育委員会が「規律ある態度」の内容を決め、学校への強制を始めました。具体的には、「くつ箱のくつのかかとをそろえることができる」「人の集まるところでは静かにし、話をしっかり聞くことができる」などの十二項目。
これに従って、何%の子どもができているかを毎年アンケート調査して、80%以上を目標に達成状況を点検する学校が出ています。
「くつのかかとを線にあわせてぴったりとそろえなくてはいけない。そこまでやらなきゃいけないのか。上が主導するキャンペーンという感じ。守ることが多くて、子どもたちがかわいそうだなと思う。真綿で締め付けているよう」と小学二年と六年の子どもを持つさいたま市の佐々木由規子さん(44)は話します。
政府の教育再生会議は、「道徳」の正式教科化を打ち出しています。五段階評価などはしないとしていますが、「がんばっているという○印的なものはありうる」(「学校再生」分科会の小野元之副主査)と、一定の評価も検討されています。
教員免許・人事
予算消化へ不適格探し
教師の質向上のためと政府がいう教員免許更新制について、勝野正章東京大学助教授(教育行政学)は「まったくの逆効果しかうまない」と反対します。
「毎年九万から十万という大人数が受けるので講習自体が形骸化(けいがいか)する。行政研修は免許更新に役立つので受講が増えるだろうが、そのかわり、日々の教育実践と結びついた自主的研修は減ることになる。教師の視線の向かう先が子どもから管理職や国家の方へと変わるだろう」
教員免許法等改定案には「指導力不足教員」の人事管理の厳格化も盛り込まれています。
もちろん問題のある教師に対する行政の対応は必要です。しかし「『指導力不足教員』の認定・研修は各地でいろんな弊害がすでに出ている」と勝野さんは言います。たとえば岐阜県では四年前の制度導入に際して、研修のための予算を三億円・百二十人分計上しました。その結果、予算消化のために指導力不足の教師を無理やり認定して問題になりました。
岐阜県教組の古山哲也書記長は「校長と対立するような教師を、ちょっとした理由で指導力不足と認定して排除した学校もあった。法制化すればこうしたことが全国に広がるのではないか」と危ぐします。
研修の内容も草むしりや掃除をさせる、反省文を書かせるなどのひどい例が全国にあります。古山さんは「指導力を高めて現場に復帰させようというのでなく、その人だけを隔離して退職に追い込むものが多い。互いに弱点を直して教師として成長するような職場がなくなり、教師はけ落としあいの中で自分の身だけ守るようになるのではないか」といいます。
文科省の権限強化
「日の丸・君が代」を強要
改定案では文科相が教育委員会に対して「是正の要求」や「指示」ができるようにします。
いじめ隠蔽(いんぺい)や未履修問題で教育委員会への批判が高まったことを利用して、地方分権一括法(一九九九年)でなくなった国の権限を復活させようというものです。全国知事会など地方関係者は強く反対しています。
浦野東洋一帝京大学教授(教育行政学)は「適用条件があいまいです。文科省が子どもの教育を受ける権利が侵されているとみなせば『是正の要求』ができるわけで、無制限の権力を持つことになりかねない」と批判します。
例えば「日の丸・君が代」強制に従わない学校があることを、「学習指導要領違反」とみなして「教育を受ける権利が侵されている」といって介入してくる危険もないとはいえません。
また私立学校に対する教育委員会の「助言・援助」も新たに可能にします。私学関係者からは「建学の精神に基づくそれぞれの私学の個性が画一化されるのではないか」という声が上がっています。
三法案のポイント
【学校教育法改定案】
・義務教育の目標に「我が国と郷土を愛する態度」などの徳目を盛り込む。
・学校に、新たに副校長、主幹教諭、指導教諭を置く。
【教員免許法等改定案】
・教員免許に十年ごとの更新制を導入。
・「指導が不適切な教員」の人事管理の厳格化。
【地方教育行政法改定案】
・文部科学相が教育委員会に「指示」、「是正の要求」ができる。
・教育委員会の私立学校への関与を可能に。
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