2007年2月11日(日)「しんぶん赤旗」
ここが知りたい特集 最低賃金
主要国で最低 日本の最低賃金
時給せめて1000円に引き上げて
どういう制度なの
まじめに働いても生活保護水準の収入さえ得られないワーキングプア(働く貧困層)が広がるなか、主要国で最低水準となっている「最低賃金」の引き上げが焦点になっています。略して“サイチン”と呼ばれるこの制度、どんな仕組みなのでしょうか。(深山直人、山田俊英)
労働者は働いて得た賃金で生活しています。
衣・食・住はもちろん映画や夏休みの旅行はじめ、暮らしのすべてが賃金で成り立っています。
暮らしが成り立つ賃金を保障するため、“使用者はこれ以下の賃金で働かせてはいけない”という最低賃金を法律で定めて経営者に義務づけているのが、最低賃金制度です。
違反すれば罰金が科せられ、労働者は二年間さかのぼって賃金の是正を求めることができます。
最低賃金には、都道府県ごとの「地域別最低賃金」と、いくつかの産業ごとに決める「産業別最低賃金」があります。
一九五九年に制定された最低賃金法は、当初は労働者不在の「業者間協定」のようなものでしたが、労働運動が高まるなかで六八年、労・使・公益三者同数の審議会の答申をへて労働局長が決定する方式になりました。七六年からは地域別最低賃金が全都道府県に設定され、中央の審議会が「目安額」を示し、地方ごとに改定する仕組みになりました。
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県別で格差 全国一律に
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地域別最低賃金の時間額は現在、全国平均で六百七十三円。週四十時間、月二十二日働いても、十一万八千四百四十八円にしかならない低水準です。これは、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障した憲法二五条(生存権)にてらしても余りに低い水準であり、まともな生活ができる賃金とはいえません。年収二百万円を得るには年間三千時間、“過労死ライン”をはるかに上回る働き方をしなければなりません。
地域格差も大きく、最高の東京七百十九円にたいし、最も低い青森など四県が六百十円。月にすると約二万円もの差があります。(表参照)
最賃法では、(1)労働者の生計費(2)類似する労働者の賃金(3)企業の賃金支払い能力―という三つの基準を考慮することが明記されています。しかし実態は、生計費がまったく考慮されていない決め方になっています。
このため本来、賃金が不当に低い労働者をなくす制度であるのに、パートなどの時給が最低賃金に引っ張られて下へと押し下げられ、労働者全体の賃金を低く抑える「低賃金くぎづけ」に利用されています。全労連も連合も今春闘で、「時給千円以上」を要求に掲げていますが、最低生活を保障する合理的な要求です。
四十七都道府県、産業ごとにばらばらに決める現行制度では、格差は広がるばかりです。これ以上に格差と貧困を広げないためにも、全国どこでも、だれが働いても、生計費を基準にした最低賃金が保障される「全国一律最低賃金制度」でなければなりません。世界の多数がこの制度です。
生計費はいくら必要か
生計費は最低どれぐらい必要なのか。京都総評と仏教大学の金澤誠一教授がおこなった京都市内在住者のモデル試算があります。最低生活の基準ではなく、「人間に値する生活」を保障する最低限度の基準です。
▽20代の単身世帯(賃貸アパート・1K)=19万7779円
▽中学3年男子と小学3年女子の子どもを育てる40代夫婦(賃貸マンション・3DK)=48万2227円というものです。(表参照)
京都府の地域別最低賃金(六百八十二円=05年度)は、この最低生計費(時間額にすると千百十二円)の六割にすぎません。
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世界と比べて
ヨーロッパ諸国の最低賃金は、購買力平価で換算すると、月額十七万円台から二十万円台。労働者の平均賃金の46%から50%に相当します(OECD=経済協力開発機構調べ、データは二〇〇四年)。さらに、これを六割まで引き上げることを決めています。
日本の最低賃金は、平均賃金の32%(図参照)。日本と肩を並べていたアメリカも連邦最賃を四割も引き上げようとしており、日本だけが後れをとっています。
全国一律最低賃金制を法律で定めているのは、百一カ国中、五十九カ国にのぼります(ILO=国際労働機関調べ)。都道府県や産業でばらばらの日本は、国際的に見ても極めて特異です。
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体験者の手記
昨年、京都総評の青年組合員が最低賃金額で実際に暮らしてみました。
家賃などを引くと1日あたりの生活費は1084円。毎日のようにカップめんで過ごし、飲み会など友人との付き合いもできない…友人の結婚式に出たため、わずか3日で破たんする人も。
「朝起きて腹減ったなあ…このまま起きてたらもっと腹減るからまた寝て…どっか行ったりしたら金掛かるし、また寝て…」(体験者の手記から)。笑うに笑えない深刻な実態です。
引き上げると中小企業がつぶれる?
最低賃金の抜本的引き上げについて、安倍晋三首相は「中小企業を中心として、労働コスト増により事業経営が圧迫される結果、かえって雇用が失われる面もあり、非現実的」(一月三十日、衆院本会議)と拒んでいます。毎年、一般歳出の1%にも満たない中小企業予算(二〇〇七年度予算案で0・35%)しかつけないのに、最賃の問題になると急に中小企業のことを思いやるかのようです。
中小企業で働く労働者は全労働者の七割以上です。厚生労働省の毎月勤労統計調査でも、小規模事業所で賃金が下がったことが全体の実質賃金を押し下げています。この人たちが生活できる賃金をもらえるかどうかが、貧困と格差解消の決め手になり、経済の主役である個人消費の向上にもつながります。
中小企業のことを心配するのであれば、最低賃金を引き上げて、それを基準にした下請け単価の適正化、中小企業への官公需の発注、大規模小売店の出店規制や中小企業の経営支援策を行うべきです。それを怠ってきた自民党政治の責任が問われます。