2002年10月17日(木)「しんぶん赤旗」
サービス残業(ただ働き)の是正を労働基準監督署に申告していた労働者に、勤務先の沖電気工業が二年前にさかのぼって約千時間分の不払い残業代、約二百五十万円を支払いました。自分でつけていた残業記録が決め手になりました。(畠山 かほる記者)
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「申告してよかった。私だけでなく、まわりの人もこれから支払われるようだし、明確な犯罪行為であるサービス残業の問題は企業倫理の問題につながりますから」
笑みを浮かべてこう語るのは、沖電気の東京・芝浦地区の事業所に勤務する菅野基視さん(52)。ハード部門の設計技術者です。
菅野さんが九月末の賃金とともに受け取った二年間の残業代は、二百四十九万三千六円。会社は時間数を示していませんが、申告した九百七十八時間に相当する額です。
労働基準監督署に菅野さんと是正要請をした沖電気の設計技術者・廣瀬邦治さん(55)は「菅野さんの記録がそのまま認められた満額回答」と喜びます。
職場では、「ありがとう。実は私も残業時間をつけているんだ」「私の残業代ももらえるだろうか」と、労働者が声をかけてきました。
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是正の決め手は、菅野さんが日々パソコンに入力し出退勤時間を記録したメモ(図)です。「事実関係を残しておきたかった。過労死の不安があったので、もしもの時の証拠にしたかった」といいます。息子が「お父さん、過労死するんじゃないか」と心配したほど過酷な労働実態でした。
ある月の勤務時間をみると、ほぼ毎日、朝八時すぎに出勤し退勤時刻は午前一時前後。一日十七時間も会社にいる計算です。しかし、残業代が支払われたのは職場別に月二十時間などときめられた上限枠まで。多くの同僚が同様の働き方を強いられていました。
菅野さんが初めて労働基準監督署を訪れたのは、一年半前の二〇〇一年三月。廣瀬さんと二人でした。
「監督署がどういう所かよくわからなかったので、サービス残業問題の申告の仕方とか、一般的なことを聞きに行った」と菅野さんはいいます。
そんな矢先、厚生労働省がサービス残業の根絶にむけた通達をだしました(〇一年四月)。適正な残業時間の申告を阻害する上限枠はただちに廃止する必要があり、使用者は日々労働者の労働時間を把握する責務があることなどを内容とした通達です。
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通達に励まされて菅野さんと廣瀬さん、同芝浦地区の事業所に勤務する五味田洋清さん(59)の三人は翌五月、再度監督署を訪問。三人は、沖電気の労働者有志でつくる「沖電気の職場を明るくする会」(OAK)のメンバーです。今度は、サービス残業が横行する職場実態とその是正を求めた「要請書」を持参し、提出しました。その後数回、必要資料を提出したり状況をきくために訪問しています。
その結果、監督署は昨年六月と七月の二回にわたって、菅野さんの職場である芝浦地区の事業所に立ち入り指導を行いました。
これらを受け会社は、すべての社員に出退勤時刻を日々記録することを指示したり、サービス残業の温床になっているニセ裁量労働制「HOPワーク」勤務の見直しなど是正を始めました。
まさに、労働者の告発が大企業を動かし始めたのです。しかし、監督署は是正指導はしましたが、サービス残業の立証はできませんでした。
「このままでは、サービス残業を根絶させることはできない」と危ぐした三人は、実際にサービス残業をさせられた自分たちのケースを個人申告しようと確認。もっとも残業が多く記録もある菅野さんが決意しました。今年三月のことです。
「仕事を干されるのではないかという不安や、いっしょに仕事をしてきた仲間でもある直属の上司に迷惑がかかるのではないかと、初めはためらった」と菅野さん。その背中を押したのは「このまま黙っていては、職場の人たちに今の状況を続けさせることになってしまう」との思いでした。
日本共産党の吉川春子参院議員は、国会質問で菅野さんの労働実態をとりあげ、坂口力厚労相から「調査する」との答弁をひきだしてきました(三月十五日)。
いま会社は、他の労働者にたいしても過去一年間にさかのぼり、未払い賃金を支払う方向で調査をすすめています。関連会社を含むグループ企業全体のフレックスタイム勤務者とHOPワーク勤務者、約一万数千人が対象です。
サービス残業是正報告集会 沖電気の「サービス残業是正報告集会」が十九日、東京都内の新宿農協会館で開かれます。時間は午後一時十五分から四時三十分まで。主催の「沖電気の職場を明るくする会」のメンバーがこの間のとりくみを報告します。菅野さんも発言する予定です。問い合わせ先電話03(3455)6006