2002年5月18日(土)「しんぶん赤旗」
「なんとかして夫の働き方を変えたかったんです」――。この春、夫の異常な働き方を改善したいとサービス(ただ働き)残業の是正を求めて、労働基準監督署に駆け込んだ埼玉県在住の川上良子さん=仮名、二十代=はこう語りました。きっかけは、「新婦人しんぶん」(新日本婦人の会発行)のトップ記事「サービス残業おことわり。家族の申し出OK―労基局長が明言」(二月十四日付)でした。(畠山かほる記者)
「この子がハイハイするようになった、つかまり立ちできるようになってきた…。父親なのにそんな姿も見られない。この子が知っているお父さんは、疲れてイライラしているか、休日に寝ている姿だから、なかなかなついてくれないんです」
ゼロ歳児のわが子をあやしながら、良子さんは寂しそうに語りました。
良子さんの夫=二十代=は、中堅ゼネコンに勤務し現場監督をしています。その働き方は、労基署の監督官が思わず絶句したほどでした。
ある月には、休日が一日もありませんでした。しかも家を出るのは毎朝六時、帰宅は深夜十〜十一時で夕食はそれからという日々。翌月は休日が一日とれたものの、勤務時間は同じ状態です。「人並みに帰ってきたことは、まずありません」と良子さんはいいます。
早朝もって出た昼のお弁当を「食べる暇がなかった」と持ち帰ったり、深夜に帰宅して「疲れた…」と夕食もとらずに寝てしまうことも。当然、たまの休みはぐったり寝ています。
どんなに働いても、残業代が支払われるのは月三十時間まで、額にして六万円程度です。良子さんの記録によると、残業時間は月百時間超。年間の休日出勤日数は五十日にも達し、代休がとれたのはたった二割です。会社は業績悪化を理由にボーナスを40%もカットしています。
「スーパーで旬の野菜や魚をみつけても、帰り遅いし買ってもムダね」と思ってしまうと良子さん。週末、ベビーカーをひいて子どもと買い物にいき、楽しそうな家族連れを目にして、暗い気持ちになったことも一度や二度ではありません。
良子さんは、こうつぶやきました。「夫と話したいことや話さなければならないことは山ほどあるのに、会話にもならないし…」。子どもの成長や実家の両親のこと、保険のことなどを問いかけても夫の返事はなく、ただテレビをボーッとみているだけです。
そんな夫が今年に入って、胃の痛みを訴えたりイライラすることが増えてきました。良子さんは、思いきって夫に転職を提案。けれど、「建設業界だからしょうがない。いいかげん理解してくれよ。第一、職を探す時間もないじゃないか」という返答でした。
「どんな業界だって、こんな異常な働き方でいいはずがない。このままでは夫の体が心配だし、子どもにとってこんな家庭生活でいいわけがない。しかも、こんなに働かされてお金もでないなんて。なんとかしたい、なんとかならないか…」
実家の母や友人に相談しても「仕事があるだけ幸せ」と。やりきれなさが心に積もっていきました。
そんな時、良子さんの目に飛び込んできたのが「みんなで労基署に行こう」とよびかけた「新婦人しんぶん」だったのです。知人の紹介で、同会の「赤ちゃん小組」に入会した矢先のことでした。
その直後、“労基署に妻が申告したけれど、指導を受けた夫の会社が「犯人」捜しをしたため、退職をすることになった”という一般新聞の記事を目にしました。「ものすごく不安になって色々と悩みました。夫にも相談したんです。リストラで数年先はわからないし、こんな家庭といえない生活を続けていく不安の方が大きかった」と。
「新婦人しんぶん」にかいてある新婦人しんぶん編集部に電話した時、良子さんは話しながら泣き崩れてしまいました。「初めて、親身に相談に乗ってくれそうな雰囲気に出合え、少し解放されたような楽な気持ちになれたから」
さっそく、新婦人の役員や仲間とわが子を抱いて労基署に。是正はこれからですが、「一歩でも改善されてほしい。早く家族そろった当たり前の生活をしたいです」。
新日本婦人の会は「本人・夫・娘・息子のサービス残業根絶へ、みんなで労基署に申告しよう」とよびかけています。深刻な実態と切実な思いを労基署に申告する女性たちが各地で相次ぎ、現在十府県に広がっています。すでに労基署が指導に入り、是正されたケース(大阪)もうまれました。
新婦人中央本部の担当者である尾田一美中央常任委員は次のように話しました。「『こういう働き方は仕方がない』と思っていた人たちが『声を上げていくことが大切』と気づき始めています。家族による勤務時間の記録でも労基署は受けつけてくれます。家族の側からもただ働きをなくす運動をさらに広げていきたい」
労働基準監督署への申告は「労働者以外の者が行うものは含まれない」(労働基準法百四条)とされてきましたが、政府は家族等による情報提供も「監督指導を実施する」と(日本共産党の井上美代=新婦人会長=、八田ひろ子両参院議員の質問主意書にたいする答弁書、二月二十六日)明言しています。