2002年1月26日(土)「しんぶん赤旗」
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世紀の変わり目をはさんで、世の女性の願いに冷水をあびせるような判決が二つ、出ました。
一つは住友電工の裁判(二〇〇〇年七月三十一日)、一つは住友化学の裁判(〇一年三月二十八日)、ともに大阪地裁、労働者敗訴判決です。
住友系のメーカー三社に働く女性計九人(電工二人、化学三人、金属四人)が会社ごとに裁判を起こしています。これらの会社では、採用でも仕事配置でも教育訓練でも女性差別がありました。
電工では、高卒女性は高卒男性と同じ事務職として採用。男性はすべて専門職に転換したのに、女性は事務職のまま。化学では、採用も男女で区別され、男性は例外なく昇進するのに女性の昇進はなし。給料は男性に比べ月額で十五万円から二十二万円も低くなっていました。専門職への転換試験に推薦を頼んだ女性に会社は「女性は銃後の守りに徹してくれればよい」という始末です。
女性たちは九四年、大阪婦人少年室長(当時)へ、男女雇用機会均等法にもとづく調停を申請します。でも化学は会社が調停を拒否。開始された金属でも、調停案は会社べったりでした。電工にいたっては「調停開始の要件をみたさない」と門前払い。「均等法は過去にさかのぼらないから合法。合法な採用区分にもとづくもので差別ではない」というのです。
「これでは、均等法以前に採用された女性は救済されない」。納得できない思いが、九人を提訴に向かわせました。
原告たちは、差別で生じた差額賃金と慰謝料をもとめるとともに、企業には男女別雇用管理の是正義務があったと主張、均等法以後もつづく仕事配置の差別是正をもとめています。芝信用金庫の地裁判決も、仕事配置での男女差別は“時代の制約”を理由に認めていません。住友裁判はそこに正面から立ち向かう、新しい挑戦でした。
出された判決は、奇妙きわまるものです。電工判決は、まずいいます。《高卒女性は、女子であることを理由に全社採用の対象から排除されており、事業所採用の事務職に配置した理由も、女性は非効率・非能率ということによるものであるから、男女差別以外のなにものでもなく、性別による差別を禁じた憲法一四条の趣旨に反する》
ところが判決はここで一転、宙返り…。《昭和四十年当時は性別役割分担意識が強く、女子が結婚・出産により短期間で退職する傾向にあった。企業はこうした社会意識や女子の一般的勤続年数を前提にせざるをえず、男女別雇用管理も公序良俗違反とはいえない》
同じ裁判長による翌年の化学判決も、結論は変わりません。それどころか、“憲法に反するが公序良俗違反ではない”という理屈が批判を招いたためか、「憲法の趣旨に反するが」という部分が消えた分だけ、いっそう後退しました。
“昭和四十年代の差別は仕方がない”とでもいいたげな判決には、「裁判官は、一度でも差別撤廃条約を読んだことがあるのか」という声もあがりました。同条約は、過去から現在にいたるすべての女性差別を撤廃するよう、国や企業にもとめているからです。
男女平等の世界の流れに逆行する判決に怒りが高まります。
(つづく)
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